半世紀以上も前の野球の出来事を書くことに、何か意味があるのか? と自問しています。
大谷翔平選手を生んだ日本プロ野球、その古の姿の一端を、一ファンの視点で書き留める。
こういうのがあってもいいかと・・・
1959年に別所投手を見たことを書きました。
プロ野球の思い出の始まりです。
同じ年の、夏だったか秋だったか、小学校5年生の私は、通学路に立つ電柱に一枚のポスターを見つけました。
「セ・リーグ新人戦 巨人対○○」
○○はどこのチームだったのか?
そして、ポスターにはこの年入団の王貞治選手のユニフォーム姿が!
これは早実時代
王選手が来るんだ!
試合前の練習から観ます。
しかし、お目当ての王選手は来ていません。
新人戦というのは二軍戦のことなんです。
大人の社会を垣間見た一瞬でした。
その代わりではありませんが、ある人がいました。
2メートル越えの長身!目立ちます。
試合がだらだらと(失礼)進む中、スタンドから、
「馬場、馬場!」
「馬場を出せ!」と声が飛びます。
少々ヤケクソ気味の声でした。
しかし、そこはプロ球団、リクエストに応えて、馬場投手がリリーフに出てきました。
大歓声です。
投げてくれたのは1イニングくらいだったと思います。
長身の割には快速球という感じはしませんでした。
一塁ランナーが盗塁を試みてキャッチャーがセカンド投球する際に、大きな体を低くかがめるのが印象に残っています。
半世紀以上たっても、あの地方球場の明るい日差しの中で観た馬場投手は格別な存在です。
大人になってから、長嶋選手や王選手は何回も見ていますが、この時の馬場正平投手の姿も私の大切な記憶になっています。